2011 ブランソン / ピノ・グリージョ DOC フリウリ・イソンツォ 白 750ml
フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州は、北はオーストリア、東はスロヴェニアと国境を接するイタリア最北東の州。
オーストリアと同様、中世にはこの地域のワインの質の高さが諸外国にも知れ渡っていた。その後、イタリアにおける白ワインは低迷期を迎えるが、特に1970年代より、この州で生産される白ワインが注目されるようになった。
それは、フランス、ドイツ、オーストリアから低温発酵の醸造法が持ち込まれ、当時のイタリアでは見られなかったフレッシュでフルーティな高品質な白ワインが生産されるようになったからだ。
また、イタリアの白葡萄品種の代表格(あくまでも生産量の面からであるが)と言えばトレッビアーノであるが、フリウリではトカイ・フリウラーノ、ピノ・グリージョ、ソーヴィニヨン・ブランといったより個性の強い単一品種からフリウリらしいアイデンティティーを持ち合わせた秀逸ワインが生産されているのも人気の秘密である。
■アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソン■
アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンはコッリオの南、グラーヴェの東に位置するフリウリ・イソンツォ(事項参照)に本拠を置く。
現在の当主であるジョヴァンニ・ブラソンがアツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンを管理するようになったのは1993年のこと。
彼の両親が1970年に“カーサ・イン・ブルマNo.23”という建物を購入したことがブラソンの始まりであった。
ジョヴァンニは地元の専門学校でワイン造りを学んだ後、ブラソンに戻り、父と共に畑とワイナリーの改革に当たる。
そして1995年,グラディスカ・ディソンツォの農業高校で植物学と生物学の教師をしていたヴァレンティーナを妻に迎えた。
ヴァレンティーナは農学と森林学の学士号を持ち、農家出身ということから、ジョヴァンニの力強い右腕となっていることは間違いない。
現在、アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンは“ブルマ”、“フレイフェルド”、“コミューニャ”、“コロナ”という4つの畑を所有している。2002年からは醸造コンサルタントとしてフリウリ・アクイレイア原産地呼称保護委員会の元理事であり、ジョヴァンニの高校時代からの友人、アンドレア・ロッシ氏を招聘し、質を重視したワイン造りを行っている。
ジョヴァンニ・ブラソンのワイン造りの哲学はこうだ。『私の個人的なモットーは「ワインは畑から」ということで、これはワイン造りの全てに反映されている。新しい技術を注意深く検証し、畑やワイナリーに合った最も効率のよいものを選ぶよう心がけている。
また、この地域の伝統を守ることも重要だと考えている。ワインはやはりテロワールと品種の個性を表現したものでなければならず、特に白ワインは樽を使わず、品種が持つアロマやフレーヴァーを壊さないようにしている。』
■“カーサ・イン・ブルマ No.23”■
アウグストとマリア・ブラソンが1970年に購入した“カーサ・イン・ブルマNo.23”は1784年に神聖ローマ皇帝を称えるために造られた邸宅がその起源。1840年から1860年の20年間この敷地を所有していたフランチェスコ・デ・フィネッティにより居住に適した家に改装された。
ワインのラベルにある“1860”という数字は“カーサ・イン・ブルマ No.23”が生まれ変わった年を表している。
オーストリアと同様、中世にはこの地域のワインの質の高さが諸外国にも知れ渡っていた。その後、イタリアにおける白ワインは低迷期を迎えるが、特に1970年代より、この州で生産される白ワインが注目されるようになった。
それは、フランス、ドイツ、オーストリアから低温発酵の醸造法が持ち込まれ、当時のイタリアでは見られなかったフレッシュでフルーティな高品質な白ワインが生産されるようになったからだ。
また、イタリアの白葡萄品種の代表格(あくまでも生産量の面からであるが)と言えばトレッビアーノであるが、フリウリではトカイ・フリウラーノ、ピノ・グリージョ、ソーヴィニヨン・ブランといったより個性の強い単一品種からフリウリらしいアイデンティティーを持ち合わせた秀逸ワインが生産されているのも人気の秘密である。
■アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソン■
アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンはコッリオの南、グラーヴェの東に位置するフリウリ・イソンツォ(事項参照)に本拠を置く。
現在の当主であるジョヴァンニ・ブラソンがアツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンを管理するようになったのは1993年のこと。
彼の両親が1970年に“カーサ・イン・ブルマNo.23”という建物を購入したことがブラソンの始まりであった。
ジョヴァンニは地元の専門学校でワイン造りを学んだ後、ブラソンに戻り、父と共に畑とワイナリーの改革に当たる。
そして1995年,グラディスカ・ディソンツォの農業高校で植物学と生物学の教師をしていたヴァレンティーナを妻に迎えた。
ヴァレンティーナは農学と森林学の学士号を持ち、農家出身ということから、ジョヴァンニの力強い右腕となっていることは間違いない。
現在、アツィエンダ・アグリコーラ・ブラソンは“ブルマ”、“フレイフェルド”、“コミューニャ”、“コロナ”という4つの畑を所有している。2002年からは醸造コンサルタントとしてフリウリ・アクイレイア原産地呼称保護委員会の元理事であり、ジョヴァンニの高校時代からの友人、アンドレア・ロッシ氏を招聘し、質を重視したワイン造りを行っている。
ジョヴァンニ・ブラソンのワイン造りの哲学はこうだ。『私の個人的なモットーは「ワインは畑から」ということで、これはワイン造りの全てに反映されている。新しい技術を注意深く検証し、畑やワイナリーに合った最も効率のよいものを選ぶよう心がけている。
また、この地域の伝統を守ることも重要だと考えている。ワインはやはりテロワールと品種の個性を表現したものでなければならず、特に白ワインは樽を使わず、品種が持つアロマやフレーヴァーを壊さないようにしている。』
■“カーサ・イン・ブルマ No.23”■
アウグストとマリア・ブラソンが1970年に購入した“カーサ・イン・ブルマNo.23”は1784年に神聖ローマ皇帝を称えるために造られた邸宅がその起源。1840年から1860年の20年間この敷地を所有していたフランチェスコ・デ・フィネッティにより居住に適した家に改装された。
ワインのラベルにある“1860”という数字は“カーサ・イン・ブルマ No.23”が生まれ変わった年を表している。
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